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2007年04月 アーカイブ

2007年04月01日

100ルピーの価値 01/04/2007

100ルピーの価値 01/04/2007
今日はネパール日本人会ポカラ支部事務局長、宮本さんの提案で月2回同じ題材で皆様プログをやっている人たちが発表する日なのです。
さて何人居ますかと言われるとカトマンヅを除いたポカラでは全員(子供の入れて)30人足らずでありますからプログをポカラから送信するメンバーは2人くらいでしょうか、それでも日本人が日本語でポカラを紹介する記事を出すわけです、とても大変です。 ほんの少しでもポカラの名前がアップするならと考えます。
私は現在週3回月、水、金でお送りするのですが考えて見ますと目的が有る生活は結構物事を考えて対処するようになります、従って生活が聊か緊張する場合が多いのです、これは前記、宮本さんに“おんぶで抱っこ”で教えていただいたモノです。
100ルピーはネパールの通貨単位でネパールだけの通貨です、現在1ルピーは¥1,7です多少上下致しますがここ3年ほどは落ち着いておるようです。
国の力はここネパール国内では余り感じませんが外国に行きますと全く違います、ネパールルピーを日本其のほか外国(除くインド)へ持って行ってもお金として認めて呉れません、其の儘使う事は出来ないし他の通貨と取り替えて呉れないのです、つまり国の通貨としては世界で未だ通用致しません。
日本の円は何処でも通用致します、国力など普段は意識致しませんが外国に居りますと国力特に経済力は大変に重要です、国の指導者の力と国民の協力が国力となって世界で胸を張って生活が出来ることとなると思います。
でも日本の円はいささか問題もありますつまり円の預金には利息が殆どつきません、ですから国民は自衛上外国のお金に換えて預金を致します。
これは実は大きな問題ですが今回は此処には触らないでおきましょう、現地で生活するとネパール通貨100ルピー(約¥170)はなかなか貴重なモノなのです、例えばこの100ルピーでお釣りの来るもの:
お米1Kg(¥60中級品)、バス3km位(¥20)、トマト1Kg(¥34)、散髪、男1回(¥50)と随分価値があると思いませんか???
しかし反対に輸入品には高額な税金を掛けます:
乗用車の税金100%、コンピューター25%、輸入酒日本よりヤヤ高い、とどうしてもぜいたく品には高額課税は仕方がありません、この国は贅沢をしなければ昭和30年前半の日本を思い出すとピッタリなのです、あの頃バスで大久保から新宿に行くのに勿体無いから歩いて行った事を覚えてお出でに成る年配の方も大勢いらっしゃると思います、そんな環境がまだ有る国それがネパールです、今回やっと旧テロ組織が臨時政府に入り総選挙をやり本当の民主主義国家を目指して動き始めました、旧テロ(マオイスト)は60人の臨時国会議員を持つ第二党になりました、これから本当の国作りが始まるのです、何とか国民の幸せの為にリーダー達が協力しないと一般市民、農民は浮かばれません、頑張って下さい、そしてルピーの価値が世界で認められる様指導者も力を入れて下さい。

2007年04月02日

ポカラ名品 02/04/2007

ポカラ名品 02/04/2007

ポカラは観光の基地として有名ですが、他にも地域の名産品は有るのです、ポカラに一年の半分は暮らして居りますと、日本でも十分通用する名産品があるのです、それを今週はご紹介致しましょう。
先ず第一に“天然蜂蜜”です、私の所から500M先は“レクナート市”と言って農村地域です、ここの市長さんは日本で言うところの村おこし1品運動を始めました4年ほど前に天然蜂蜜をやるから協力をして貰いたいとホテルにやって来ました。
日本にいる間40年以上スーパーマーケットに勤務して居りました関係からピンと来ました、日本でも蜂蜜を生産している養蜂家と称する方々がおりますがこの仕事は人件費と花が何処で何が咲いているかの問題が大変重要です、現在日本では専ら輸入品が多いのですが困った事に中身の蜂蜜に混ぜ物をしても解らないのが欠点です。
市長さんの話を聞いていて花は1年中あるし(混合の蜜)、人件費は安いし手動分離機も揃って居りますから協力する事と致しました、自分自身朝のトーストには蜂蜜に統一して他の物は食べません。
気のせいか毎日食べておりまして、のど風邪が比較的多かったのですが最近は随分楽になった様な気が致します、日本でも2Kgほど買いまして蜂蜜以外は食べなくなりました、医学的には解りませんが何か良いような気が致します、お客様の中でもお知らせして希望者には実際に養蜂家の所へ行って戴いております。バスで往復¥50、
蜂は見たところ日本の蜂よりヤヤ小型です、味の特徴は花の種類によるのか、季節により花の種類により変化して居ります。
デパートの食品売り場の良い場所に蜂蜜売り場があり、各種の花の蜂蜜を販売して居りますがそれとは比べるのはどうかと思います、ポカラ産は純粋混じりけ無しの自然食品です、ここはポンカンの大産地で(最もポンカンが一番人気)春は其の蜜が多いと思います、以上の様なわけで一番のお土産は蜂蜜をお奨め致します。
有名デパートのそれぞれの花から採取した蜂蜜は100グラム¥1000程になりこれはこれでアイデアと希少価値を販売するわけですから無理も有りません。

ポカラ、レクナート市の物は1KGRs300(¥510)100グラム¥51です次回からは此方が値上げをしようと思います、良い商品を開発することは国民の健康と農家の生活向上にも役立ちます、私も農民の蜂蜜会議に出席して名産普及をガンバル様に要請致しました、次回からは10%程高くする積りです。
3月までは蜂の動きが鈍く採集が大変でしたが現在昼間27度、夜間15度くらいです蜂たちも張り切って動き始めました、日本へ輸送する事は飛行機では無理です運賃の吸収が出来ませんポカラにお出での節は是非挑戦してみてください、蜜蜂にも感謝致します。


2007年04月06日

名品(姫筍) 06/04/2007

名品(姫筍)チュータ 06/04/2007

11月12月になりますとポカラの野菜市場や露天商の所に日本で食べた事のある姫筍が顔を見せます、山から採集して来て露天に並びます。
竹は南の地方では大きく肉厚で建築資材の支え材やコンクリートの支柱にするのは知って居りました、大きい物は鉄のパイプの代わりに使うのです、日本の孟宗竹も強いのですが固さが違います、食べるなど全然考えられないと言います、しかしチュータはポカラ土産でバス乗り場は皆さんポカラ特産として買って行くのです。
実際値段も安く山から取ってきて束に致します其れをバスに沢山積んで行くのです我々は姫竹を食べて居りますから、露天の商品を見ながらどれが柔らかく美味しそうか?は見て解ります、この辺は現地の人達は多少いい加減ですから教えてあげますと不思議な顔をして笑って居ります、しかしカレーで味付けですからどんな事と成るのでしょうか?若布と一緒に等、思うのですがそれではネパール人に嫌われます、海の無い国ネパール人は昆布、のり、若布は好きでは有りません。
一般家庭では殆ど全てをカレー、コショウ、コリアンダー、唐辛子、にんにく、クミン、と塩味に致します、其の中から味の良さを決めるのですからなかなか難しいと言えましょう、それを手で食べますからこの辺は日本人には何とも理解不能でしょう、手で食べると微妙に手触りが良い又は悪いと言います、これこそ至難の技と言えましょう。
この姫筍を日本や台湾はビンつめにして販売しますつまり好きなときに好きなだけ食べるのですがそれは有りません。
考えて見ますと最も美味しい時期に美味しく食べて後はまた来年を待ちましょうが本当の味を楽しむ極意かも知れません。
各種の野菜もその旬には食べますが旬が終われば無いのが一般の野菜市場です、日本のスーパーマーケットには野菜100種類果物60種類が最低の品揃えです、外国や他の地方からドンドン運ばせます何時でも何でも買えると季節感も鈍感になって仕舞いますがネパールは50年後戻りの感が有りまして不思議な感じが致します。
多分野菜15種類果物7種類くらい、露天は3-5種類で勝負します、2-3品リヤカーの引き売りも有ります。
それでも美味しい料理を作ってくれます、其のコツはスパイスにありますホテルでは大よそ7-8種類を商品により使い分けます、其の中でも必ず何処でも使われるのが味の素なのです、是が無いとコックさんは大変困ります、最近味の素の出しの素を必ず買って来る様に言われます、ネパール人も国際化の波に洗われて居る様に思えて成りません。

2007年04月09日

海外ビジネス(助け合い)09/04/2007

海外ビジネス(助け合い) 09/04/2007

ネパールでささやかなホテルを営業しております。
本来なら皆様と同じ様に悠々自適と言いたい所ですが、現役の期間中仕事が面白かったのと、暇が無いものですから趣味と言うものがありません、少々変人と思われる様ですが実際仕事が面白かったのです、その様に仕組んで下さった、経営者の方や周囲の方に感謝すべきでありましょう、しかし、ゴルフ、マージャン、碁、将棋は出来ないし、競馬、競輪、パチンコも知りません、“馬鹿か?”と言われようと如何しようと本当にそうだから仕方が無いで暮らして居りました。
さて退職後は何をしようかなーと考えた末現在のホテル業に参入致しました、考えたのは15年前です、昔(30年前)ポカラに行ったことがありました、綺麗な空気、環境も良し、人間がスローとこれなら何かやれそーと思い、組み手を捜しました、30年前に付き合ったネパールの仏教徒と一緒にやる事となりました、兎も角現地の人と合弁で無いと会社が出来ません、有名な日系地元弁護士先生(インド系)を紹介して戴きました、最初の一言“インチキをやると長続きがしません”何れ密告される事が考えられますと言われました、誠に其のとうりで日本人で騙された人達を数多く知りました。
何処の国でもビジネスは同じです中に入ればお互いの信頼関係を作れるかで大体決定です、儲けの話は先ず無理でしょう、其の上でビジネスなのです、相手(現地の人も同じでしょう)が一緒に損するとき出来るかどうか其の見極めで大体決まると思います、後は変化に対応したビジネスのやりかたを如何するかこれが問題になります。
過去にも貿易で一緒に損をしてそれから利益を出すようになった経験はありました。
そんなこんなで出発致しましたが途中からテロが蔓延し酷い目にあいましたが何とか先が少し明るくなりそうです。
本年初めて日本人商工会のメンバーに入れて頂きお話をさせて戴ける運びとなりました、そこで解った事は何処でもビジネスは同じで人と多少違った、時代にマッチした営業が出来るかに絞られます。
皆様外国で苦労していることが良く解ります、同じ事ではダメですから少し特徴のある時代にマッチした営業が必要と思います、私としてもそれがなかなか掴めなくて大いに苦労しました、日本人の商工部会でも話をして居りますと、ヒントが幾つか出てきます、私たちのビジネスでは独創的は少なくコーディネートなら何とか出来る所があります、ネパールに来て忘れかけていたアイデアつまりコーディネート(一言で言えば他人の知恵を真似をする)という事に繋がりそうです。
それを自分なりにアレンジできるか?この辺でしょう、余りにネパール人とばかり話をしていると本来の情報収集がおろそかになりそうです、それの軌道修正になりそうです、知恵のある人を探して付き合う事が出来るかどうかこの辺は将来の鍵になるかも知れません。

2007年04月11日

秋の祭りシーズン 11/04/2007

秋の祭りシーズン 11/04/2007

今から秋の祭りシーズンの対策は少し早いかも知れません、しかしアウトラインを決めておいて其の予算までと言いますと早めに仕掛けないと行けません。
昨年はネパールと日本の国交50周年記念式典という事で既にカトマンヅの方々(此処が最重要)のご協力と地元ポカラの人達で盆踊り大会をやる事が決まりました、女
性たち2/3名並びにライオンズクラブポカラが実際面で動いて下さったので途方も無い大きなイヴェントになりました、加えてカトマンヅの日本人が50人以上参加されコーナーを設けてボランティアーをやりまして大いに盛り上がりました。
お客様は1500人以上来てくれましたから大変です、キリスト教カトリックの青年男女が100人ずつ男は法被、女は浴衣で200名以上が盆踊りを致しました、私たちも女性チームに脅かされ事前演習を2日間やりました、今年の日本人商工部会でも先日の会議でアイデアが良ければ今年もやっても良いと言います、しかし去年は一発勝負でTVスターの歌謡と音楽で人集めに成功したようなものです、後は現地の日本語学校の生徒とカトリックの子供の劇と盆踊りです、本年は商工部会に多少でも貢献できないと意味が有りませんさてどうするか悩んだ末、次のことを提案すべきかを考えて居ります、何しろ会費の98%はカトマンヅが集めます、余程のことが無ければ去年の様に此方がお金はタップリ使うわけには行きません。 そこで次の事を考えました。
1) 果物の苗木くじ引き会:日本ですと農家の何処かに日本中柿の木があります、昔は何処の農家でも子供のおやつになったもんです、最近は鳥の餌かもしれません、ネパールには何も無い農家が多いのです、それを全ての地域、国中を目標にどの作物かわかりませんが適地適作で苗木頒布くじ引き大会をヤリタイノデス勿論栽培法のパンフレットを付けたいのです、毎年100本から初めて全国に普及出来ればと思います、貧しい地域にも是非やりたいと思います。JAIKAにも農業の専門家が入りました以上は面白いと思うのですが???
2) 次は文化的でないと言われそうですから各民族の学校対抗舞踊大会です、私にはサッパリ解りませんが此処では男も女もなにかあれば踊ります、しかも音楽つきです、これにはホテル組合のフードショウと一緒が相乗効果がありそうです、極めていいかげんですが中身は検討するとして歌と踊りは皆さん大好きです、これには地元の人の知恵をかりないと出来ません、去年は仕事が有りませんで暇でしたが今年は少しばかり忙しくなりそうです、これらは今後名物にしたいので何処までカトマンヅグループが援助をして下さるかに掛かっております。No-1ダケデモヨイカナーとも思います、予算も1本100ルピーで100人分合計Rs10000(¥1,7万円)なのです、頑張りましょう。

2007年04月13日

後継者作り 13/04/2007

後継者作り 13/04/2007

日本でも最大の問題は後継者作りと思います。
いろいろな方法で考えて居りますが最も後継者を必要とするがそれが難しいグループの行き方を二つご紹介致します、これをやらなければ自分たちグループは自然消滅をしてしまうのです、現在属しているグループでも困った困ったを連発して何もしない人達が居るのと天が助けてくれると言う無責任グループは将に消え行く運命を約束されたものと思います以上実際にこの目で見た事をご報告致しましょう。
1) キリスト教カトリックの例です、厳しい修行と適切な教育また適正を要求出来なければ神父様、やシスターに成れない難しい困難な人材を要求されます、このグループもご多分に漏れず後継者難なのです、実際に現地で実地見学された方の話によりますとグローバルにシスターを求めて組織的に動いて居るさまは将に素晴らしいものが有ります、ネパール人を教育してシスターになる人材育成と、国の政治姿勢がキリスト教を必要としない社会主義国、にも進出してキリスト教(カトリック)を信じて行きたいが難しいと言う人たちを西側諸国に修行に来て頂いて時間を掛けてシスターに育てると言う本当に難しい仕事に取り組んでいるグループがいるのです、実際の所最後まで志を貫き本物の神父様になる、又カトリックのシスターになる確率はどの位でしょうか、多分途中挫折する人もいるでしょうそれでも将来を考えて組織として挑戦する様子は素晴らしいと思います。
生活に困った国だから良いとは行きません難しい仕事と思います。
2) 次は日本山妙法寺の実例です。ここも同じ様に坊さん、信者共に高齢化の影響下全体の人数が減少をして居ります、従って無住の寺や道場が多く一人で何か寺か掛け持ちなのです、それでも減少は止まらず、新しく坊さん、尼さんになる人よりも亡くなるケースのほうが多くなり困った状態になって居ります、既成宗団体も同じ様です雑誌等に求人広告をして法事に出られる坊さん的な人作りをやる事が当たり前になって居ります、日本の仏教は世襲が多いですから未だ少しはよいのですが(実際は問題も有ります)これでは遺憾と、地域(ネパールルンビニ地区)の生活困窮者の子供や親が一人くらいは坊さんにしようと子供の納得後坊さんになった奨学生10人ほどを養成しているお寺があります、厳しい修行と粗末な生活、しかし学校に行ける利点も有ります、さて歩留まりはどの位になるのでしょうか未だ始めたばかりだから結果は出ておりませんが是も非常に頑固にしかも単独で後継者育成に乗り出した事など特筆に価すると思います
国際化の現在僧侶を外国人にお願いする事も仕方がありません、文句を言うなら如何するかを提案すべきでしょう。
将来をどのように設計するか?深刻な問題ですね

2007年04月15日

タメル 15/04/2007

タメル 15/04/2007

今日は日本人会、商工部会で一月に一度同じ題材で意見を延べる日になっております、ポカラからタメルの事を批評するわけですから少し難しいと思いますが兎も角いろいろご意見が出ると思います。でもやって見ましょう。
タメルはカトマンヅの一番の繁華街、しかも旅行者の街として知られております、同じ地域に同じ様な店舗が沢山あります、一言で言いますと、丁度東京、浅草の仲見世を規模を大きくしてあの中に小さなロッジ、ホテル、それにレストランを巻き込んだ様な所と言えば大体想像が付くと思います。
しかも道路は狭く自転車、バイク、タクシーそれに人力車も一緒で通行します、私達はもたもたしていると事故を起こすのではと心配しますがそれがゴチャゴチャ一緒になって何とか共存共栄で暮らしております。
若し日本なら自動車の通行制限をして荷物の持ち込みは早朝と夜間にするでしょうが其処がネパールです、時々割り込みがありますから、通行がストップする事もしばしばですそれも喧嘩しないで我慢をします、道は軽自動車がすれ違うだけでヤットなのです其処に中型車やジープが入って来ますから混乱が起きるのです、この問題を見ると何故交通制限をしないのか不思議です、これが不思議と思っているいる様では
ネパール人になれません、その混沌とした所が売り物なのです。
日本人や東洋人よりも欧米人が多いでしょう、何故ならこのような街作りは自分の国には多分見当たらない光景だからです、カメラをもって歩き回ります、同じ様な店舗、同じ様な商品構成、と同じ様な規模、間口2間奥行き10間、10坪から20坪のミニ店舗のお土産やさんが行けども行けども繋がります。
停電がしばしば有りますから、丁度その割り当て時間になるとローソクやランプで営業です自家用発電の機械はたまには有りますが、全部ではありません、それでも今日は何時から何時までと決まって居りますから我慢します、5月下旬の雨季までこれが毎日続きます、我慢強くなるはずです、政府も暫定政府は出来たのですがとても自分達のポジションが心配で民衆の為とは行かないと思います。
今まではテロ(旧マオイスト)が居ていろいろな妨害をやりましたので各国は援助がやりにくく(強制献金=脅し募金)や交通遮断(今も一部やっています)をしばしばやるのでプロジェクトが進みませんでした、これからは安定政権ならば進むでしょう。
タメルは欧米人には魅力があるでしょうが日本人にはゴチャゴチャして空気も良くないし喧騒が一杯は日本の都会で経験済みです、ですから郊外のヒマラヤ連山の見える所の方が魅力がありそうです、しかしバックパッカーの方で1泊¥500位かそれ以下を望む人ならタメルは良い所でしょう、少なくとも昔(20年前)は日本人のバックパッカーが大勢居りましたが今は流行りません、これは時代の流れでしょうか、何れにしても難しい時代に直面しているようです。

2007年04月25日

国民健康保険を海外で 25/04/2007

国民健康保険を海外で 25/04/2007
其の1(結論は貰えます)
一般に現役を引退すると、貯金の取り崩しか年金生活に入ります、勿論顧問や其のほかの新しい職につく人は問題は有りませんが、一番困るのは年金受給者は病気になった時支払いが大変になります、日本に居れば普通30%負担で医療費の支払いは何とかなるのですが、今後医療費は少しずつ上がる気配があり心配です。
海外に旅行したり、国内に旅行したりしますと、その辺が神経を使います、特に海外に旅行しますと旅行障害保険を掛けます、是が意外に高額で其の負担につきましては少し考えてしまいます。
日本の国で満額を支払い、其の上旅行傷害保険を払うのは少し可笑しいと思いまして昨年社会保険事務所に伺いました、しかしそれは我々の管轄ではないから区役所(私は新宿区の住民)に行きなさいとの返事です。
さて区役所で相談致しました(窓口は健康部高齢者サービス課)でした、驚いた事に窓口の担当は他の人と相談の結果書類を捜します、其の事は制度が有りながら余り請求する人が無いからに他なりません、私はしばしばインド、ネパールに行きます、たまには風邪や其のほかで病院に掛かります、これからロングステイの皆様も大勢出てくると、この負担は大変になります、毎日ビール大瓶2本くらいは掛かるかも知れません。
書類は3枚一組で1枚は書き方の全体説明です、後の2枚は日本語と英語の診療記録と明細表です担当のドクターに書いていただき書名捺印を致します、勿論書類を書くわけですからその料金を請求出来るのです、ドクターにUS$(アメリカのドルで書く事をお願いする)で記入です、とも角細かく診療明細を書く事です)。
それと医薬分業が普通ですからクスリは別になります、これも現地通貨ですとダメですからUS$(アメリカドル)で書きます、自分で書いてもOKです、私は胸部レントゲン、と血液検査もやりました自分で現地通貨の横にアメリカ、ドルを表示しました。
それから診療を受けてから2年間のうちに請求をすれば貰えると言いますから其れほど慌てなくても良いと思います。
外国においてこれ等の書類を書くのはやや億劫ですから英語か現地語でやるでしょう、そこで日本語の出来る人が居るほうが良いし、ドクターにどの様に悪いかを説明する為にも知人で日本語が出来る人を付き添いで連れてゆく事が必要でしょう、特に発展途上国の場合日本より医療費は安くなって居ります、ですから遠慮しないで悪い所をシッカリ、ドクターに話をして確実に治して戴く事を訴えて下さい。
慌てないで全てが請求出来る体制をとりましょう。
診断書、治療明細、ドクターのレシートと署名捺印とサイン、クスリの明細と支払ったレシート、検査の場合の明細とレシート、これらは日本よりも発展途上国の方がキチンと呉れます。  ※ 次回に続きますのでご期待下さい。

2007年04月27日

国民健康保険を海外で 27/04/2007

国民健康保険を海外で 27/04/2007
其の2
海外で病気になった時に日本の国民健康保険を貰う。の其の1は前回説明致しました、次は書類が出来てからの手順です。
全ての書類を日本の国保(国民健康保険)に出します、相手は市区町村の担当課です、全てとはレントゲンや検査のデータも戴いて来て提出します。
下痢をして熱が出たときです:
診断書金額はUS$(アメリカドルで)署名、と病院の捺印を必要とします。
初診料、再診料、検査(便、血液)料、カルテ、データも一緒につける、薬代キチント書く名前が判らないと困ります、(5日分3種類でした)下痢は2日で止まりました、結局風邪と1ヶ月置いて下痢です。
皆持って来て新宿区役所に持ち込みました、果たして国保を呉れるかこの時は良く判りません、聞きますと海外で治療した金額と方法が正しければ其の同じ治療を日本でやった場合幾らになるか?両方比べて安いほうの30%を負担して貰い算定して指定銀行(患者の取引先)に振り込むと言います。
判定して結果が出るまで約2ヶ月でした。
風邪で4日寝ました3日目はぶらぶらしており是はレントゲン胸部と投薬です¥4200
戴きました。
下痢で熱が出た分2日寝ており5日分のクスリは飲みました、便の検査、血液検査をしました。                                         ¥4504
が銀行口座に振り込まれました。  合計¥8704でした。
日本語で病気の経過も自分で併記しました、別に大変でも何でもありません、そのとうりを書きます。
以上でお解りの事と思いますが其のとうりを誇張も無く申請をしたわけです、そうすると日本でドクターにかかり病院に支払いをするようにその場では一時立替払いを致しますが遅れて支払って呉れる事が判りました。
面白いのは診察や検査は比較的日本の値段に近い実感を致しましたがクスリの値段は何とも安い感じが致しました、これは感じですから一概には言えませんし大体日本のどのクスリと同じかわかりません。
クスリは世界の一流メーカーです、日本の武田や三共よりも大きな所のインド会社が多いのです、これはいい加減な事では困りますので今後よくしらべて見ましょう。

3/4ヶ月掛かりましたが面白い結果と満足する答えが出ました、以上が国民健康保険を日本で戴く順序です、せいぜいご利用下さい。